私が世界を目指すわけ、それは女優になりたいからだ。なにも世界を目指さなくても、日本で女優になればよいではないかとお思いになる方もいるだろう。だが、私が日本国内で自称ではない女優になれるチャンスは皆無だ。なぜなら、私が四十一歳だからである。日本では若い役者に対するオーディションはあっても、中年女性である私が挑戦できるものは、ほぼない。ましてや、現在事務所にも劇団にも所属していない私は、オーディション情報を得ることも儘ならない。さらに東北在住。年齢、フリーであること、地方在住が壁となって立ちはだかってくる。おばさんで新人ということだけでもかなり難しいのに三重苦である。そこで、女優になる為に世界を目指すことにした。なんとも無謀で馬鹿らしい野望である。しかし、私にとっては希望の光が差す唯一の道である。

なぜこの年で女優になりたいなどと言っているのかご説明したい。そもそも私が自分の夢に気づいたのが遅かった。大学卒業後、会社勤めをしていたが、フランスで生活したいという想いが沸き上がってきた。会社を辞めて派遣社員として働きながら、フランス語を学んだ。三十歳の時、憧れのフランスへと旅立ち、ニースで暮らし始めた。旧市街の近くに演技を教える学校があり、私はなんとなく気になって見学させてもらった。舞台では一組の男女が口喧嘩をする場面を演じていた。その時ふと頭の中に、文化祭の劇に出たいが手を挙げられずにいる中学生の私の姿が浮かんできた。ああ、私は演じたいのか。しかし帰国後は苦悩の日々だった。フランスでは夢見ていられたが、日本では現実に対峙せざるを得ない。三十歳の私が女優を目指すなんてありえない。三年間もそのことを悩んだ挙句、とりあえず演技を習ってみることにした。劇団の養成所の門を叩いたのが三十三歳。年齢がネックで飛び込めずにいたのに、悩んだ為に余計にスタートが遅くなるという皮肉。笑うしかない。

私は演技に夢中になった。養成所を辞めてからもワークショップなどに参加するなどして勉強を続けた。東日本大震災が起こり、私は既に三十八歳になっていた。このまま女優を目指していて良いのだろうかと考えた。多くの方々が亡くなれた事実が私を本気にさせた。死は必ずやってくる。それなら、その時まで自分の思うままに生きようではないか。
私が女優になるチャンスを掴むにはどうすれば良いかを考え始めた。そんな時ハリウッド映画のオーディションを見つけた。これだと思った。残念ながら書類選考も通らなかった。しかし、このことを機に世界を舞台に活躍することを夢見るようになった。フランス生活で日本人は実年齢より十歳は若く見えることを知った。またハリウッドも日本も若さがもてはやされ、女優はアンチエイジングに余念がない。しかし、ヨーロッパでは多くの女優が年齢を重ねても第一線で活躍している。ヨーロッパだ。世界だ。ということで、英語の勉強を始め、現在に至っている。
さらに演技の訓練をしていく中で、初めて女優になりたいと思った日のことを思い出した。五歳の私はなりたい職業が多すぎて悩んでいる。選べない。私は閃いた。女優になれば色んな職業をちょっとずつ体験できる。しかも飽きっぽい私にぴったり。実は幼いころからの夢だったのだ。

演じることは私にとって大きな喜びだ。ゆえに女優になることは私自身を幸せにすることだ。私が幸せでなくては家族を、周りの人を幸せにできない。女優となり、私を支えてくれる人々を笑顔にしたい。さらに余裕が生まれたら、枠を拡げていきたい。故郷の人々の役に立ちたい。日本の役に立ちたい。日本人の持つ美徳、文化の素晴らしさを世界に伝えられる女優になりたい。
また、未来を生きる子供たちを応援したい。経済的な理由で学ぶことを諦めて欲しくない。世界中の子供たちが人生で一度は自分の夢に挑戦できる世の中になって欲しい。たとえ夢が叶えられなくても、その後の人生を歩んで行く上で、挑戦したという事実が支えとなっていくだろう。母国の歴史や文化を学び、また他国の歴史や文化を尊重できる大人になって欲しい。私もそんな大人になりたいが、まだまだ修行中である。私が受けられなかったそんな教育をこれからの子供たちには受けて欲しいと願う。そんな教育を行う学校を創ることができたらとも考える。このように私の夢は壮大だ。大きすぎて自分でも笑ってしまう。しかし、この壮大な夢への一歩が世界を舞台に女優として活躍することでもあり、その為の小さな一歩が、英語を勉強することである。小さな一歩からすべては始まると信じて。